AIの進化とマズローの5段階欲求!~じんじぶ~
みなさん、マズローの5段階欲求って知ってますか?
人には5つの段階の欲求があり、それがピラミッドのような構造となっていて、一番下の欲求が満たされないと、その上の欲求は現れないというものです。
以前俺のブログ記事の中でも「まずは自分を愛そうぜ!」ということを書いたと思いますが、それと近い事ですね。
参考までに以下過去記事です。
さて、今回はこの記事を読んで思うことをお伝えしたいと思います!
この記事↓
なんと、AIが人に指示を出し、農業をするということなんです。
以前から垂直農法というのに俺は個人的に注目していました!
なぜなら、垂直農法かつ屋内農法であれば、場所を選ばないからです!
究極的には砂漠のど真ん中でも農業できちゃうことになりますよね。
しかも、垂直農法というのは、面積に縛られなくて済むんです!
つまり、同じ面積でも高さを生かせるので、生産能力がけた違いになるんです!
実際に先ほどの記事中でも、生産能力は従来の100倍と記載されていますしね。
100倍って…アハハ…。
それがどうマズローの5段階欲求と結びつくのか?ということですが
生理的欲求は全てAIが満たしてくれるかもしれない!?
マズローの5段階欲求とは下から
⑤生理的欲求
④安全の欲求
③所属と愛の欲求
②承認の欲求
①自己実現の欲求
の順番です。
飢餓にあえいでる人が、人に愛を与えられるとは想像しがたいですよね。
逆に富裕層の人たちが、寄付などを通じて社会貢献している姿は容易に想像できます。
つまり満たされている欲求のレベルがまるで違うんですね。
で、当然ですが生理的欲求=食欲・睡眠欲・性欲などを満たす産業というのは発展していますよね。
外食産業などですね。
それが、AIによって全て賄えることになると、私たちはとりあえず生きるという生理的欲求はAIが満たしてくれるかもしれないです!
そうすると、人類全体のレベルが一段上がることになりますよね!
だれもが、今日食べるもの、明日食べるものの心配をしなくてよくなる世界。
素晴らしいですよね!
そして、この話はまさにこのブログのテーマである「人生を自分のものに」につながるのです!
マズローの5段階欲求の最終系は自己実現!
5つの欲求を一つ一つクリアしていくことで最終的には自己実現の欲求にたどり着くことができる。
そして、自己実現こそまさに「人生を自分のものに」ということではないですか!
そして、今AIや垂直農法などの最先端技術が、すべての人の生理的欲求を満たしてくれる世界を創ろうとしている。
これは全ての人が自分の人生を自分のものにする世界が近づいているということですね!
ワクワクしてきます!
みんなで、人生をより自分のものにしていきましょう!
では!
やりたいことを”無理矢理”100個書いてみない?~じんじぶ~
こんにちわー!!
早速ですが、タイトルにあるように「無理矢理でいいから、やりたいこと100個出してみようよ!」ってことです(笑)
意味わからん!ってなると思うので、そう思う理由をお伝えしたいと思います!
理由①
やりたいことが分からない人はあきらめている場合が多い!
まずはこれです!
やりたいことを実現していこうぜ!みたいなことばっかり言ってると
「それはお前だからできるんだろ…」
「そもそもやりたいことがわからないんだよ…」
「やりたいことがないんだよ…」
「自分には無理だよ…」
といったような意見を非常に沢山いただきます(笑)
ただ、その中でも最も多いなぁと感じているのが
やりたいことがわからない!
という声です。
でも、本当にそうなんですかね?
そういう人たちにはこういう質問をしてみます。
・もしお金を1000億円持っていたら何したい?
・もしどんな人でも告白すれば付き合うことができるとしたら誰と付き合いたい?
・もしあと3年で死ぬことが確定していたら何をしたい?
こういった感じの質問です。
すると出るわ出るわ、本当はやりたいのにあきらめている沢山のやりたいことが。
そして、一回出すと
「あー、私って本当はこういうことがしたかったんだぁ」と本人が凄く晴れやかな顔になってたりします。
自分で自分のやりたいことを認識するということは、自分自身を開放することにほかなりません。
凄く大切なことなんですね。
そして、人の脳はしっかり認識するとそれを自動で成し遂げようと動く性質があるので、自分がやりたいと思っていることを認識することはすごく大事なんですね。
理由②
くだらないことと思っていることをできていないときはくだらなくないこともできない!
二つ目はこれ!
意味わからないですよね。
説明!
よく「あなたの夢は何ですか?」と聞くと
「ない!」
という返答か
「大豪邸に住む!」とか「宝くじを当てる!」とか「アイドルと付き合う!」とか「宇宙飛行士?」とかいう返答をいただきます。
で、俺としては、夢って言うのは単純に今できていなくてやりたいと思っていることの総称だと思っているので、そんな壮大な宇宙飛行士になる!とかじゃなくていいと思ってるんです。
勿論、宇宙飛行士になる!っていうのも立派な夢だと思ってますよ。
その手前として、例えば
・おいしい焼肉をおなか一杯食べたいなぁ。
・今やっている映画気になってるし見に行きたいなぁ。
・気になる本があるんだけど読みたいなぁ。
とか、こういった小さなことを成し遂げていけばいいんです。
いきなり大きなことをやろうとするから、無理だぁ~~~ってあきらめてしまうわけですね。
自分のやりたいことを100個出さなければならない!ってなると、どうしてもそういった些細なやりたいことを出さざるを得ません(笑)
で、今すぐできそうなことは今すぐ予定を立てるなり、やってしまうなりして、クリアしちゃいましょう!
すると、夢は達成できる!という自信が積み重なっていきますよ!
以上2つの理由により、自分のやりたいことを100個書き出すということは、自分の人生を自分のものにするうえで非常に重要だということです!
番外編
出来れば書き出したやりたいことを公言(アウトプット)しちゃいましょう!
これは番外編ですが、出来れば書き出したやりたいことリストの項目を、身近な人や、ブログを書いてる方はブログ、ツイッターをやっている方はツイッターなどに発信しちゃいましょう!
有言実行です!
言ったからにはやらないと!って思いも強まりますし、何より人に言っておくとそれだけチャンスが広がるからです。
例えば
・おいしい窯焼きピザを食べたい!
というやりたいことがあるとします。
それを周りの人に公言しておくと、おいしい窯焼きピザを食べたことある人が「○○っていう店おいしいよ!今度一緒に行かない?」などとチャンスをくれたりするんです!
しかも、それがきっかけでその方とピザ談義が盛り上がり、親密な仲になれるかもしれないですね。
もしくはあなたの意中の人が、あなたと同じことを成し遂げたい!と思っている可能性もあるわけです。
それはもう大チャンスですよね!
一気に距離を縮めてしまいましょう!
そんなこんなで、今日も飛び出していきます~!
では!
AIが脳を超え、脳がコピーされる時代にブロックチェーン活躍!?~じんじぶ~
巷ではAI!AI!とAIという言葉がすでに一般的に用いられるようになってきましたがみなさまいかがお過ごしでしょうか(笑)
AIと聞いてすぐ思い浮かぶことは
AIが人間の仕事を奪ってしまう!
という何とも悲壮感漂う言葉ではないでしょうか。
でもそもそも、AIが人間の仕事を奪ってくれるのってありがたくないですか?
だって、農業とか、ごみ収集とか、全自動でしてくれるのって、人間の手間をかけなくて済むからいいじゃないですか。
そこに従事している人たちの仕事は当然なくなると思いますけど、そうなれば新たな仕事が生まれるので、それで問題ないと思いますし、機械がすべてやってくれるなら、そもそも人間が働く必要だってなくなるかもしれないですよね。
そうなれば、人間は好きな事だけやっていればよくなるかもしれない。
AIの進化は
・馬で移動していた人類が車で移動するようになる。
・飛行機で空を飛ぶようになる。
・スマホでつながるようになる。
のような喜ぶべきことだと思っています!
そして、もっと期待していることが
人間は歴史上はじめて死ななくなるのではないか!?
ということです!!ババーン!
どういうことか説明していきますね。
まず、脳の処理能力は100テラフロップスらしいのです。
で、もうすでにスーパーコンピューターで100テラフロップスを超えるものが何台もあります。
つまり、脳の処理速度をスーパーコンピューターは超えているわけですね。
ただし、スーパーコンピューターは馬鹿でかいので、人間の脳ぐらいのサイズで100テラフロップスはなかなか実現が難しいでしょう。まあそれでも量子コンピューターがもっと進化すればいつか現実になるとは思いますが。
でも、そんなのを待つ必要はなくて、今の時代通信速度も非常に高まっているわけです。
つまり、人体を端末として、脳はどこか馬鹿でかい場所でとんでもない処理能力を持った本体にあればいいのです。
そのためには脳の記憶データをコピーする必要がありますが、最近脳と脳で直接情報のやり取りに成功したというニュースがありました。
脳 to 脳ネットワーク実験で3人が相互の意思疎通に成功。2人が1人にデータを送り、嘘発見ゲームも - Engadget 日本版
↑の記事です!
つまり、脳の記憶データを、物理的に外部に保存することが可能になるのも時間の問題なのではないかと思うんです。
そうなってくると、人体はサイボーグで、脳は大規模なクラウドやスパコン上に存在し、同期し続ければ、電源の確保さえできれば、事実上死なない!?
死の定義なども倫理的な問題として議論の余地があるとは思いますが、私たちの意識みたいなものを未来永劫持つことはもしかしたらできるのではないか?と思うんですよね。
そうなってくると問題になるのが
私って、オリジナルの私なの?問題!
です。
それを解決するのがブロックチェーンなのではないかと思うんです。
つまり、生まれながらにして自分のオリジナルの記憶データをブロックチェーン上に保存していく。
そしていざ肉体が限界を迎え、記憶データをパソコン上にコピーだ!となった時に、ブロックチェーンがオリジナルの記憶なのか、コピーされた記憶なのかを証明してくれるカギとなるということです!
こうすれば、私ってオリジナルなの?に対してブロックチェーンが答えてくれることとなりますね!
安心して不死を謳歌することができますね!
そういう時代が来るまで、頑張って生きよう!!(笑)
では!
自分語録を作っていく!~じんじぶ~
過去の偉人や実力者の名言を見たり、本を読んだりすることはすごく勉強になりますよね~。
一度読みだすと止まらなくなったり「わかるわかる!同じこと考えてる!」とか見つかったりするとミョーにテンションあがったり(笑)
でもそれって結局自分以外の誰かの言葉なんですよね。
人生を自分のものにするという観点から行くと、自分の考えを深める意味合いではいいと思うんだけど、それに縛られてしまうこともよくあります。
自分としてはこうしたいんだけど、あの人がこれはよくないって言ってるしなぁ。
みたいなやつ。
これに対抗するために、自分語録=自分の名言集を作っていくというのはどうでしょう!?
以下にメリットを書いていきますね!
メリット①
自分の強気な言葉に励まされる!
いきなり当たり前すぎてすみません(笑)
でも、結構前に自分が言ってたことを、有名人の口からきいたりすると「それ俺も前に言ってたよ!!」って時ないですか?
以外に自分がいいこと言ってたりするんですよ!
それに自分の言葉なので、重みもありますよね。
前向きな言葉であれば、まさに励まされます。
後ろ向きな言葉だったとしても「あぁ、あの時こういうこと思ってたよな~」と回顧録としても使えて良いですよ!
自分の成長を感じることができます!
メリット②
自分がどのようなことを考えているのかが明確化される
「あなたは何者ですか?」
とか
「あなたは何をしているのですか?」
というキラークエスチョンが飛んできて、それを明確にすることからスタートですね!みたいな話になりますが、それが難しいんですよね(笑)
ですが、自分語録を作っていくと自分が考えていることが明確化されるんですよ!
・あなたの好きな事を100個書き出しましょう!
みたいなワークをよく目にしますが、そもそも自分語録が100個以上あれば、その場でリストアップする必要もないです。
自分で読み返してさらに想いを強くするのもアリですし、なんかこれは違うなと思うことをリストから削除し、新たな想いを書き記していくのもアリです!
想いを明確にすることが大事なのは確かですから!
メリット③
アウトプットがしやすくなる!
②とも関係してきますが、自分語録を書き溜めておくと、アウトプットが非常にしやすくなります!
例えば、あなたってどういう考えの人なんですか?みたいな質問を受けるようなシチュエーション。
・営業
・就職活動
・出会いの場
などで、簡単に自己紹介する時にも使えます。
また、将来本を出版したい!と思う人は多いと思いますが、その時も非常に書きやすくなりますよね!究極的にはそれらをそのまま本にしてしまってもいいぐらいだと思います!
また、ブログやツイッターなどを運用していこう!と思った際も、自分語録をネタにして記事を書いたり、投稿していくことができます。
自分が考えていることを日々まとめていくことがこんなにも有用だとは…!?
是非皆さんもやってみてください!
では!
ちょっと前に俺が言ってた内容が記事にも出てきた!!
世のため人のためのために自分のため
ためため言いすぎてためがゲシュタルト崩壊起こしそうだ(笑)
いやいや、笑ってる場合じゃなくて。
今の日本で生きている上でほとんどの人が言われる、目にする事として
世のため人のためになることをしよう!
っていうのがありますよね。
これって実際に素晴らしい事だと思うんですよ。
俺自身も当然こうなれたらいいな、こうあれたらいいなと思いながら日々を過ごしています。
だけど、この言葉だけでは見過ごされているとっても大切な真実があるんです!
それは
普通の人は、まず自分がある程度満たされていないと人に与えることはできない
ということなんです!
あなたは天才ですか?
普通の人ですか?
俺は凡人です!
いや、どちらかというと能無し寄りの凡人と言えるでしょう!(笑)
そんな俺がもし「世のため人のために生きよう!」としても、それを貫くことがすごく難しいよ!ってことなんです。
だって想像してみてください。
今日食べるものに困っていて、自分は超空腹な状況で、人に与えましょう!とか言われても、相当強靭な精神力の持ち主じゃないと与えるのって難しいですよね。
中にはそういった超強靭な精神力をもってそういったことを成し遂げる人もいるのでしょう。
ですが、少なくとも俺は胸を張って「その状況でも絶対に与える!」とは言えないです。
でも、それがいいとか悪いとかではなくて、与えられる状況にすればいいわけです。
つまり先ほどの例でいうならば、まず自分がおなか一杯食べて、なお食料を持っていればいいわけです。
俺はこの状況を作り出していっています。
お金や時間も同じですね。
まずは自分が満たされ、その余裕をもって相手を満たしていくという順番でもいいじゃん。
自分に愛を注いで、ある程度満たして、それをもって相手を満たしていく。
相手に与えることで自分が満たされることもあるし、自分に与えることで自分が満たされることもある。
順番はどっちでもいいじゃないですか。
特に先ほども述べたように日本ではやたらと「世のため人のため」と言われるので、最近は自分を軽視して、犠牲まで払って人に尽くす人がいるような気がします。
いる必要のない会社にずーっと居続けたり、家庭内暴力を受けているのに、婚姻関係を解消できなかったり…。
その前にまず自分を愛してあげようぜ!ってことですね!
そして、犠牲を払って尽くす人って、大体が見返りを求めてくるんですよね。
「ここまでやってあげたんだから、これぐらいしてくれて当然でしょ」みたいな。
それって結構危なくて、尽くしてる人が求めてる見返り通りの見返りが返ってくるかどうかってわからないじゃないですか。
そうすると、尽くしてた人は「裏切られた!」とか言い出して、今まで尽くしていた分、今度は反動で敵対視してしまうことにもなりかねないんです。
健全な人間関係を築いていく上でも
まず自分で自分を満たしてあげて、その余裕をもって人に与えていく。
こういった考えを少し検討してみていただければと思います。
では!
言葉の定義が曖昧だと、人生も曖昧に!?
ノーベル平和賞が発表されましたね~。
ムクウェゲ氏。
彼の発言から、普段感じる違和感について考えたので、お伝えしたいと思います。
それは
言葉の定義が曖昧だと、人生も曖昧になってしまう!
ということです!
詳しく述べていきますね。
いじめって犯罪じゃん
いじめよくない。
って感じで、いじめが問題視されていると思います。
統計によると、いじめの件数も年々減っているようですが、現場が事なかれ主義に走ってしまうといじめが隠蔽されている可能性を考えてしまいますが…。
今回はそういった問題ではない!
以下、俺の完全な主観ですが
・人に暴行をはたらくこと
・人のものを壊すこと
・人を欺くこと
こういったことは一般的に犯罪行為です。
でも、学校で起こると、とたんに「いじめ」となるんですよね。
いじめという言葉が、犯罪の上位概念にあたるのであればそれでいいと思うんですよ。
つまり、スパゲッティーが暴行で、パスタがいじめみたいな関係です。
でも、違いますよね。
学校現場でのいじめという言葉には、どうしても犯罪をマイルドにしようという側面が見え隠れします。
子供がやったことだし…。
まだ良い事とか悪いこともわかってないし…。
しょうがないよね。みたいな。
いやでもれっきとした犯罪行為ですから!!
このように、言葉の妙ではないですけど、言葉の定義を明確にしなければその本質が見えてこなかったり、欺瞞に陥ってしまう可能性が高いんです。
ノーベル平和賞受賞のムクウェゲ氏が言いたいこと
レイプはテロだ。
これは非常に本質的だと思います。
例えば、ウサマビンラディンを暗殺した米兵に向かって殺人者!と日本人のほとんどの人は言わないと思いますが、彼らからすればそれはテロです。
アメリカ人にとって、その米兵は英雄かもしれません。
同じ事象を見ても、片方はテロと言い、片方は英雄という。
でも本質的には人が死んでいる。
言葉を明確に捉えないと、その本質がドンドン見えなくなってきてしまうんですね。
では人生とは?
では「人生」という言葉はどうでしょうか。
人生という言葉も曖昧に捉えてしまえば、当然人生そのものが曖昧なものになってしまい、他者の影響を受けやすくなります。
人生という言葉の意味が明確であれば、当然自分の人生として明確になっていきますよね。
私は人生を「心からやりたいことをやるためのチャンス」だと捉えています。
今のところは!です!
何故あえて今のところは!と言ったかというと、具体性は常に高めていく必要があると思っているからです。
これも同じようにノーベル生理学・医学賞を受賞された本庶 佑さんがおっしゃられたことですが
「常に疑いをもって、本当はどうなんだろうという気持ちを大切にする」
という言葉が、まさに言い表していることです。
つまり、一旦人生ってこういうもの!と決めたとしても、間違っている可能性がある!そして、より良くできる可能性がある!
それを一旦決めたら変えない!と意地を張ってしまうと、それ以上良くなる可能性をなくしてしまうことになりかねないのです。
なので、言葉の定義を考える。
特に当たり前に使っている言葉ほど、定義するのが難しいからこそ、深く考えてみることも大事なのではないかと思いました!
では!