世のため人のためのために自分のため
ためため言いすぎてためがゲシュタルト崩壊起こしそうだ(笑)
いやいや、笑ってる場合じゃなくて。
今の日本で生きている上でほとんどの人が言われる、目にする事として
世のため人のためになることをしよう!
っていうのがありますよね。
これって実際に素晴らしい事だと思うんですよ。
俺自身も当然こうなれたらいいな、こうあれたらいいなと思いながら日々を過ごしています。
だけど、この言葉だけでは見過ごされているとっても大切な真実があるんです!
それは
普通の人は、まず自分がある程度満たされていないと人に与えることはできない
ということなんです!
あなたは天才ですか?
普通の人ですか?
俺は凡人です!
いや、どちらかというと能無し寄りの凡人と言えるでしょう!(笑)
そんな俺がもし「世のため人のために生きよう!」としても、それを貫くことがすごく難しいよ!ってことなんです。
だって想像してみてください。
今日食べるものに困っていて、自分は超空腹な状況で、人に与えましょう!とか言われても、相当強靭な精神力の持ち主じゃないと与えるのって難しいですよね。
中にはそういった超強靭な精神力をもってそういったことを成し遂げる人もいるのでしょう。
ですが、少なくとも俺は胸を張って「その状況でも絶対に与える!」とは言えないです。
でも、それがいいとか悪いとかではなくて、与えられる状況にすればいいわけです。
つまり先ほどの例でいうならば、まず自分がおなか一杯食べて、なお食料を持っていればいいわけです。
俺はこの状況を作り出していっています。
お金や時間も同じですね。
まずは自分が満たされ、その余裕をもって相手を満たしていくという順番でもいいじゃん。
自分に愛を注いで、ある程度満たして、それをもって相手を満たしていく。
相手に与えることで自分が満たされることもあるし、自分に与えることで自分が満たされることもある。
順番はどっちでもいいじゃないですか。
特に先ほども述べたように日本ではやたらと「世のため人のため」と言われるので、最近は自分を軽視して、犠牲まで払って人に尽くす人がいるような気がします。
いる必要のない会社にずーっと居続けたり、家庭内暴力を受けているのに、婚姻関係を解消できなかったり…。
その前にまず自分を愛してあげようぜ!ってことですね!
そして、犠牲を払って尽くす人って、大体が見返りを求めてくるんですよね。
「ここまでやってあげたんだから、これぐらいしてくれて当然でしょ」みたいな。
それって結構危なくて、尽くしてる人が求めてる見返り通りの見返りが返ってくるかどうかってわからないじゃないですか。
そうすると、尽くしてた人は「裏切られた!」とか言い出して、今まで尽くしていた分、今度は反動で敵対視してしまうことにもなりかねないんです。
健全な人間関係を築いていく上でも
まず自分で自分を満たしてあげて、その余裕をもって人に与えていく。
こういった考えを少し検討してみていただければと思います。
では!